大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(う)834号 判決 1997年10月22日

本店所在地

東京都港区高輪一丁目五番一九号

株式会社伝田工務店

(右代表者代表取締役 傅田博)

本籍

東京都大田区上池台四丁目五番

住所

東京都港区高輪一丁目五番一九号

会社役員

傅田博

昭和五年七月二三日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、平成九年三月六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人両名から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官増田暢也出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人稲山惠久及び同竹内俊文共同作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官増田暢也作成の答弁書二通にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、被告人株式会社伝田工務店(以下、「被告会社」という。)を罰金九〇〇〇万円、被告人傳田博(以下、「被告人」という。)を懲役一年にそれぞれ処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、特に被告人に対しては執行猶予を付すべきであるというのである。

そこで、検討するに、本件は、不動産の売買等を目的とする被告会社の代表取締役である被告人が、被告会社の業務に関し、昭和六一年八月一日から昭和六三年七月三一日までの二事業年度に渡る、不動産の売買等による所得金額が合計五億二六七四万五六〇三円及び課税土地譲渡利益金額が合計五億八九一五万三〇〇〇円であったのに全く申告せず、合計三億八一二三万四六〇〇円の法人税を免れたという事案であって、脱税額は高額であり、ほ脱率は一〇〇パーセントである。被告人は、昭和五五年七月期以降被告会社の税務申告を全く行わず、税務署の再三に渡る指導により、昭和五九年六月に昭和五五年七月期から昭和五八年七月期までの期限後申告をしたが、その後も全く申告しようとしないで本件各犯行に至ったものであり、その動機は、将来の事業展開に備えるために利益を裏金として留保しようというものであって、酌むべき点はない。被告人の脱税の手口は、小口の現金出納帳以外の会計帳簿を全く作成しないというものであり、しかも、不動産を売却するに際し、ダミー会社を介在させて売上金を実際の金額より少なく仮装したり、取得した売買代金を仮名預金口座等を作って入金しておくなどの行為をしていて、態様も悪質である。しかも、被告人は、本件について平成元年に税務署による調査が開始された後も、第三者と通謀して架空の経費を創出する等の罪証隠滅工作を行っている。なお、所論は、被告人は、当初から被告会社の税務申告を全くしないで済ませようと考えていたのではなく、いずれ申告しようという意思を持っていたと主張するが、前記のとおり従前から申告を回避しようとする態度が顕著であったことや本件につき会計帳簿を全く作成していないことに加え、被告人が本件事業年度の所得について期限後申告をしたのは、国税局による査察調査が入った後である平成三年であることに照らすと、右の主張は理由がない。これらの事情を総合すれば、被告人及び被告会社の刑事責任は重いというべきである。

そうすると、被告会社が遅ればせながら前記の期限後申告をし、バブル崩壊による厳しい財政事情の中で努力して現在まで本税のうちの約六八パーセントに当たる金額を支払い、被告人は、今後も可能な限り納税の努力を続けていく旨誓っていること、被告人にはこれまで前科がないこと、被告人が反省の態度を示していること、本件の第一次一審判決が破棄差戻しになったことで審理が長期化し、起訴後約五年が経過していること、被告人の家庭の状況等の被告人らのために酌むべき事情を十分考慮してみても、被告人に対して執行猶予を付するのが相当な事案であるということはできず、被告人に対する刑期及び被告会社に対する罰金額についても原判決の量刑はやむを得ないところであって、これが重過ぎて不当であるということはできない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平谷正弘 裁判官 佐藤公美 裁判官 杉山愼治)

控訴趣意書

被告人 株式会社伝田工務店

被告人 傳田博

右被告人らに対する法人税法違反被告事件について、弁護人らは、次の通り控訴趣意書を提出する。

平成九年六月二三日

右弁護人 稲山惠久

竹内俊文

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は、被告会社に対し罰金九〇〇〇万円、被告人傳田に対し懲役一年の実刑を言い渡したが、右判決は、以下に述べる諸情状に照らして重きに失するものである。

被告会社及び被告人傳田に対し、より寛刑に処するとともに、被告人傳田に対しては、今回限り執行猶予付きの判決を下すべきものと思料される。

原判決は、量刑不当により破棄を免れない。

一、本件事件と被告人らの行為の背景について

本件事件は、不動産の価格が異常に高騰し、適当な物件さえ手に入れることができれば、短い期間に多大の利益も取得することも可能であるという当時の不動産業界を取り巻く時代的状況と、仕事を他人に任せることができず、全て自分一人で切り盛りしなければ気が済まない被告人傳田の行動様式、被告会社が被告人傳田の一〇〇パーセントオーナー会社で、同人の行動にブレーキを掛ける者が一人もいなかったという社内事情等が相乗作用を起こした結果、発生したものである。

もちろん、被告人傳田が、被告会社の事業活動を優先する余り、社内の経理体制をきちんと整備せず、納税の履行は二の次とした結果、無申告ほ脱犯(当然ほ脱率一〇〇パーセントとなる。)という事態を引き起こしてしまったことは、強く非難されてもやむを得ないが、同人の一連の行動を見る限り、このような結果を当初から意図して計画的に所得の隠匿を行ったものとは考えられず、原判決が「利益が上がっているうちにそれらを裏金として留保して将来の事業に備えようとの考えから、昭和五九年七月期以降の被告会社の納税申告を行わなかった。」と捉えるのは適切ではないと思われる。

被告会社は、本来的には、等価交換方式によるマンション等の建設を主たる事業目的とする会社であり、建物建築後に地権者らとの裁判で和解が成立するまでに一二年の歳月を要した港区高輪のヒルトップ高輪や、地権者の死亡による遺産相続や借家人との交渉に手間取った結果、事業に着手してからリクルートコスモスに権利を転売するまでに一〇年の歳月を要した世田谷区等々力の物件取引に典型的に見られるように、関係者との利害調整や法的紛争の処理等に長い期間と膨大な手間を要し、経費についても単年度で処理できないケースを抱えていた。

そのうえ、被告人傳田がほとんど一人で事業の全てを切り盛りし、経理担当社員が退職した等の事情も加わることによって、経理体制を確立し、適正な納税を行うことがついつい後回しにされてしまった側面は否定できない。

もとより、このような被告人の納税に対する安易な考え方を是認することはできないが、被告会社が浅草物件の取引にダミー会社を介在させて架空の契約書や伝票を作成していた状況(なお、原判決が被告会社の取引と認定した取引の内、このような手段を被告会社が講じているのは、右浅草物件の取引のみである。)等を併せて考えると、被告人傳田は、最初から被告会社について全く無申告で済ませようとまで考えていたわけではなく、所得を過少に申告することだけを考えていたに過ぎなかったのに、被告会社の業務体制の不備や被告人傳田自身のルーズな性格とが相まって、結果的に無申告という事態を引き起こしてしまったと捉える方が、より自然であると思われる。

このように考えると、原判決が判示するように、被告人らが一度期限後申告をした後申告を怠っていたことを、利益が上がっているうちにそれらを裏金として留保して将来の事業に備えようとしたものとし、正規の会計帳簿類を備えなかったこと等を以て、所得秘匿工作と捉えることは必ずしも適切ではなく、所得隠しのための二重帳簿の作成等も行われていなかったことを考えると、被告会社においては、一度税務当局の調査が入れば直ぐに露呈されるような幼稚で拙劣な処理しか行われていなかったのであり、原判決が被告人傳田の犯行態様を悪質と決めつけたことは、必ずしも妥当とは言えないと考えられる。

二、本件裁判の経過と被告人傳田の反省について

被告人傳田の税金についての従来の考え方に安易な点があったこと、それが被告人らを取り巻く様々な要因と結びつくことにより今回の事件を引き起こしたことは非難されても止むを得ないし、事件発覚後起訴に至るまでの間に被告人傳田が行った様々な工作については、弁護人らとしても遺憾と言わざるを得ない。

しかしながら、被告人傳田は、原審(第一次)、控訴審、差戻審と三回の裁判を受けることによって、自らの税金についての考え方について反省する機会を与えられ、二度と同じような過ちを繰り返さぬよう、自分自身を強く戒めていくことを決意するに至った。

そして、原審(差戻審)において、事実関係については控訴審(第一次)の判断を尊重し、同裁判所で事実誤認が認められ検察官が訴因を変更した北沢、国母の二物件の取引と住友銀行高輪支店の被告人名義の口座(一〇一一八三)以外の事実については、従来の主張を撤回し、これ以上争わないことを言明するに至った。

このように、被告人傳田が、原審において、従来の主張を一部撤回するようになったのは、控訴審(第一次)判決が、それまでの国税局や検察庁の被告人らに対する対応や原審(第一次)の判断とは異なり、国母物件、北沢物件の取引が被告会社ではなく被告人傳田個人の取引であるという主張にも十分に耳を傾け、証拠を詳細に検討したうえ、被告人傳田の主張の一部を認めたことに起因するところ大である。

仮に、公訴事実の内の一部の取引が、被告会社でなく被告人傳田個人に帰属することになったとしても、被告会社の脱税金額には大きな差異が生じるわけでもないのに、被告人傳田があくまで個人の取引であると主張してきた背景には、国税当局や検察官の、被告人個人の名義による取引も全て会社の取引と決めつけ、被告会社が同人が一〇〇パーセント株主である個人会社であり経理体制もきちんとしていなかったために被告人個人による資産形成活動と被告会社の活動との境界が必ずしもはっきりしていなかったという被告人傳田の弁解に耳を傾けようとせず、被告人個人の活動を一切認めなかったことに対する反発という側面があったことは否定できない。

被告人傳田と被告会社とのこのように曖昧な関係を考えると、被告人傳田が第一次控訴審判決で被告人個人の取引と認められた以外の取引について、従来主観的に個人の取引であると認識しそのように主張してきたことも、あながち的はずれとは言い切れない。

それ故、控訴審(第一次)判決も、北沢物件、国母物件の不動産取引と北沢物件の売却代金の一部を原資とする定期預金口座について、これを被告会社に帰属すると認定した原審(第一次)判決に事実誤認があるとしてこれを破棄し、被告人らの主張の正当性が、一定の限度に於いて認められたのであり、本件は決して事案明白なものではなく、取引が被告会社と被告人個人のいずれに属する取引かについては、裁判所の評価さえ別れることが、明らかにされたのである。

そして、被告人は、このような第一次控訴審の判決を受けて、それまで被告会社ではなく個人に帰属すると主張していた一部の銀行預金、株の取引についても、これを被告会社の取引であるとする第一次控訴審判決の認定を覆すだけの証拠はないと考え、事実認定については同裁判所の判断に服してこれ以上争わないことを決意して、従来の主張の一部を撤回することとしたのである。

被告人傳田の妻邦子も原審公判廷で、夫婦が向き合う姿勢で話し合うことにより、同人に二度と同じような過ちを繰り返さないことを公判廷で約束しており、被告人自身の真剣な反省の気持ちと二人の息子を含めた家族の支えによって、被告人傳田が二度と同じ過ちを繰り返さないことを、弁護人らは確信するものである。

三、被告会社による納税とその努力について

被告会社が、不動産のバブル期に上げた利益についてきちんと税金を払わなかったことによるつけを、不動産取引をめぐる状況が極めて悪化し沈滞している今の時期に、自らが多額の借金とともに抱え込んでしまった不動産の売却等によって返していかなければならない結果となったのは、自ら招いた事態であるという側面は否定できないものの悲劇であると言わざるを得ない。

しかしながら、被告人らは、こうした不動産を巡る厳しい状況の中で、自らの犯した行為を償い、少しでも多くの税金を支払うために、精一杯の努力をして来ている。

そして、今日に至るまで、昭和六二年七月期及び昭和六三年七月期の法人税として合計二億八三六八万二八〇〇円を支払い、本税についての納税率は、七四・四パーセントに及んでいる。

不動産を巡る厳しい社会情勢に加えて、銀行等債権者との利害調整の困難さも手伝い、被告会社による納税は必ずしも被告人らが当初考えていたような形では行われていないが、これまでになされた被告人らの納税の努力とその結果に対しては、十分な評価がされてしかるべきと考える。

また、被告会社の資産は合計約六億五千万円に及ぶが、所有する不動産は金融機関からの借入金の担保に供され、しかも負債金額は約三〇億円と資産を大幅に上回る状態にある。

このような状況の中で、被告会社が税金を支払う財源を生み出すためには、代表者である被告人傳田自身が複雑に絡み合った権利関係をほぐすことによって少しでも原資を生み出していくか、関連会社も含めた自らの事業活動の展開の中で、新たな財源を作り出していくしか方法がないというのが現実である。

四、被告会社及び被告人傳田の家族の状況について

被告人傳田は、税金の支払を免れることによって格別贅沢な生活をしたり、隠し資産を作ったという事実はない。特にこれという個人資産も持たず、被告会社の借入の保証という形で多額の個人債務も負担している。

同被告人の二人の息子は、就職して社会人としてのスタートを切っているものの、未だ若年で、自分達の生活を維持するだけで手一杯な状況にある。

被告人傳田は、満六六歳で自らも慢性大腸炎の持病を抱えており、変形性股関節症で歩行困難な状態にある妻邦子(満六三才)と満八九才と高齢で高血圧に伴う虚血性心疾患の義母野田貞子を扶養していかなければならない立場にあり、被告人一家の生活は、文字通り被告人の双肩にかかっていると言わなければならない。

また、被告会社及び関連会社である株式会社日本リゾートも、実質的に被告人一人によって切り盛りをされている状態にある。

このような状況の下で、被告人傳田が実刑判決により収監される事態となった場合、被告人の家族及び被告会社はその存立の基盤を失うことになり、その結果、債権者らに対してこれまで以上に大きな迷惑をかけるだけではなく、国税等税金の未納分を支払うことも到底不可能な状態になると懸念される。

五、裁判の長期化による重圧について

本件事件は、昭和六二年七月期及び昭和六三年七月期の法人税の納付に関するものであるが、起訴後も第一次控訴審において、被告人らの主張が一部認められ原審(第一次)判決が事実誤認により破棄差戻されたこともあって、今日に至るまで、既に五年近い歳月が経過しており、その間、被告人傳田は刑事被告人として精神的な重圧を受けながら、事業活動を行い、納税のための努力も続けている。

六、被告人の前科について

被告会社及び被告人傳田には、本件に至るまで、前科と呼ばれるものは何もない。

七、結び

被告人らの行為の責任は決して小さいものではないが、弁護人らは、貴裁判所が、被告人傳田が納税についての従来の安易な考え方を改めて深く反省し、被告会社の納税のために精一杯の努力を続けている事実、被告人傳田及び家族の状況、被告会社を取り巻く厳しい環境、事件発生後既に約九〇年の歳月が経過し起訴後も五年近く経過している事実、被告人らに前科がないこと等、被告会社及び被告人傳田にとって有利若しくは考慮されるべきと考えられる諸情状について十分斟酌をされ、量刑不当を理由として原判決を破棄し、被告人らに対し刑の減軽をされるとともに、特に、被告人傳田に対し、今回限り執行猶予付きの判決を下されることを切望して、控訴の趣意の結びとする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例